百瀬、こっちを向いて。(祥伝社文庫) 中田永一 感想


今作は4編の恋愛小説が収録された短編集です。どっかで聞いたことあるタイトルだなーと思って手に取りましたが、どうやら映画化していたらしいですね。短編集なのであらすじは飛ばして感想にいきます。

§感想
さて、自分は中田永一という作家の本を読むのは初めて…と思っていたのですが、1作目にして表題作『百瀬、こっちを向いて。』を読むと、文章に強烈な既視感を感じました。初めはどことなく漂うラノベ臭さに反応しただけかと思いましたが、調べてみるとこの中田永一という名前は乙一の別名義ということがわかりました。
確かに主人公の異様な卑屈さとか、ヒロインの描き方とか、乙一の作品だとわかる符号はたくさんありました。むしろなぜ気づかなかったのか…と勝手に悔しい思いにさいなまれております。
乙一というのは独特な作家だと思っております。もともとラノベ畑出身の方というだけあって文章やキャラクターの作り方には(良くも悪くも)ラノベっぽさが感じられるのですが、話全体を見るとちゃんとした「小説」になっているのです。(決してラノベを下に見ているわけではないです。)
自分の勝手な解釈ですが、小説とラノベの違いはストーリーがキャラを中心に回っているか、いないかだと思っています。前者がラノベ、後者が小説です。乙一氏の作品は登場人物が記号的ともいえる強烈なキャラクターを持つという部分でラノベ的ですが、物語をキャラクターに頼りすぎていない、という点で自分はすごさを感じます。
 …抽象的すぎる話になりましたので、話を本題に戻します。
今作に収録されている4編いずれもみずみずしい青春小説です。みずみずしいという言い方をしましたが、それは見方を変えれば青々しく、痛々しいものでもあります。どの作品もねじれた特異な設定ですが、このみずみずしく青々しく痛々しい「青春」を克明に描いているという素晴らしい共通点があります。あとがきでは「サイダー色」という言葉で今作を形容していましたが、さわやかでありながら甘すぎず、かすかに苦みが残る、という点でぴったりな言葉に感じられました。
 正直いって自分はラノベ臭い文章、セリフの掛け合いはあまり好きではありません。なんとなく恥ずかしくなってくるので…。なのでこの作品を読んでいるときもページをまくる手が鈍ったシーンが割とあります。それでも物語を最後まで読むとそんなこっぱずかしさなんて忘れてしまい、ただただ計算された切なさに浸ることになり…結局「この話好きだわ」となるんです。
 例えば表題作『百瀬(以下略』について。まずはその設定。クラスの輪から外れ、陰気で女子と縁のない学校生活を送る主人公。そんな主人公に彼女ができます。しかし、この交際はとある事情で始めた演技であり、互いに好意を抱いているわけではなかった…
 とまあこれだけでも自分が感じた『ラノベ臭さ』を感じてくれる人もいると思います。
が、作品の本質はそんなところではありません。思春期らしい葛藤、恋愛をすることの切なさ、そして登場人物たちの生き生きとした感情の動き…恋愛小説に必要なものがすべてそろっていると思います。恋愛小説を毛嫌いする人にも読んでもらいたい作品です。
 特に高校生とか、若者。等身大の魅力的なキャラクターたちにきっと感情移入できると思います・